手芸人生

2023年1月19日ひとりごと

おおげさなタイトルですね。。

ハンドメイドに関して、何にでも興味があって、いろいろやってみたい私なわけですが、どうしてそうなったのか改めて考えてみました。

 

手芸に目覚めたころ

小さい頃、母が洋服を作ってくれたり、セーターを編んでくれたりしてました。

祖母は和裁ができる人だったので、浴衣を縫ってくれました。

手作りしてる人が間近にいて、よくそれを見てたんですね。

手作りできて当たり前みたいな。。。

 

自己紹介にも書いたたんですが、初めて自分で何かを作ったという記憶が小学校の2年生か3年生の頃で、紅茶のオマケについていたフェルトのマスコットだったと思います。

出来上がったものはガタガタのボロボロだったんでしょうけど、自分にもできるって思ったんですね。

それで目覚めた感じです。

 

大高輝美さんの

大高輝美のコロコロ人形―てるみの宝もの

とか買ってもらってチクチクやってました。

 

夏休みの自由研究なんかは家にあるハギレでクッション作ったり、着せ替えできるお人形作ったりしてました。

てるみの人形遊び

 ウデがないので、ほぼ母に手伝ってもらってましたけど。

小学校の間はそんな感じでした。

 

手芸を忘れた!

小さい頃のフェルトのマスコット作りから始まった私の手作りライフですが、中学生の頃はあまり作った記憶がありません。

多分まったくやってなかったな。

他にやりたいことがいっぱいあったんだと思います。

憶えてないけど。。

 

高校生の頃もあまり作ってないと思うけど、でも、編み物は少しやってました。自分のセーターとかマフラーとかちょこちょこと。

その後、就職して、夜遊びに目覚め、手作りとは遠ざかった時期もありました。

ディスコが(クラブじゃないよ)流行ってた頃ですね。

毎日行ってました。。(汗

とは言うもののお酒飲めないので夜遊びはほんの3〜4ヶ月くらいで飽きました。

でも、友達と遊ぶのが楽しくて、いろいろ出歩いてたのは確かだな。うん。

 

手芸熱復活

また手作り熱に火が点いたのは22才くらいの時で、仕事を辞めて時間があったので編み物にハマりました。

徹夜で編み続けて3日でセーター編んだりしてました。鬼ですね。

 

その頃までは編み物くらいしかやってませんでしたが、勤めていた所の近くにホビーラホビーレがあって、よくのぞきに行ってました。

で、そこでニットのキットを買ってみたり、リバティプリントのパッチワークのクッションカバーのキットを買ってみたりしてました。

そこからパッチワークに目覚めた感じです。

その頃は仕事終わって家に帰っても特にすることがなかったので、パッチワークは絶好の暇つぶしでした。

まず、本を買って、道具を揃えて、毎晩チクチクしてました。

ポーチとか、巾着とか作って友達にプレゼントしたりしてましたね。

 

あと、テディベアも量産しました。

さきちといえばテディベアと言われるくらい、作りまくって配りまくってました。

フェリシモとの出会い

そして、運命の出会いがありました。

フェリシモです。

かれこれ30年近くのお付き合いです。

昔ははいせんす絵本て名前でしたね。

食器とか雑貨から始めたんですけど、手作りキットがいろいろあるんですよね。

やってみたくなるものがいっぱいで、カタログ見てるだけでワクワクします。

なにせ30年のお付き合いなので、いろいろイロイロ作りました。

 

今もクチュリエは私の愛読書で癒しです。

 

作った履歴はまた改めて。。。